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ビンテージ編4(上) BALDAX社製のSemi Baldax 平成17年5月21日


今回取り上げるカメラは戦前にドイツで作られた「SEMI BALDAX]です。 1945年前後の世界のカメラ業界はドイツの独壇場でした。なかんずく ZEISS IKON社が圧倒的に強く、機種も豊富でした。カメラだけではなく 光学器械全般渡り、世界を席巻しておりました。日露戦争の際、 日本海の大海戦で東郷大将が戦艦三笠のブリッジで使った双眼鏡も ZEISS製で当時、日本に2台しかなかったそうです。

この巨大ZEISSに立ち向かったのが、今日のBALDAXです。メーカーとしては マイナーでしたが戦前は結構頑張っていたようです。今は存在していません。


写真のように戦前のスプリングカメラとしては、標準的な形です。 フイルムサイズはブロニー(120mm)の半裁、 レンズはMeyer Gorlitz Trioplan 1:3.5 F=7.5cm シャッターはCOMPUR T B 1/1から1/300 と、スペックとしては、中級の大衆カメラでした。

なぜ之を取り上げたか かと申しますと、個人的に忘れえぬ思い出があったからです。 戦争が終わり勤労動員から学校に帰った1945年の秋、このセミ バルダックス に出会ったのです。裕福な友人が学校に持って来ました。手にとって見せて 貰うと、夢のような機能を持ったカメラでした。当時15歳であった私は友人に 是非譲って欲しいと前後の見境も無く頼みました。数日後、彼の両親に相談した その友人は、お米3升となら交換してもよいとの返事を呉れました。当時の 食料事情は危機的に逼迫していて、母に相談するのもはばかれましたが 母は承知してくれ、どこかで3升の米を都合してくれ、晴れてバルダックスが 私のものになりました。


然しインフレが更に進行し生活環境が悪化した1957年には 宝物も泣く泣く手放さなければなりませんでした。 社会人になってからも、どうしてもセミバルダックスが忘れられず、カメラ雑誌の広告、 カメラの中古市等へ55年近く通いましたが、目指すカメラには終に会えませんでした。 バルダックスの他のモデルには何回か出会いましたがメーヤーのレンズのついた セミバルダックスでなければ駄目なのです。そして5月のはじめ恒例にしているヤフー のオークションサイトの検索で終に発見したのです。興味のない方には路傍の石とも 思えるカメラでしょうが私には本当のお宝でした。早速入札しました。幸いにも 私の予想価格より安い価格で落札できました。58年間、探し尋ねた恋人に会え、 手にする事が出来た事は、私の老後の命を少なくとも10%は伸ばして呉れると思い ます。